【鑑賞にあたっての注記】
本記事は、20世紀初頭にアルフォンス・ミュシャが手掛けた歴史的・芸術的価値の高い美術作品『スラヴ叙事詩』の鑑賞・背景解説を目的としています。
特定の人物や政治運動に対する過度な主観的解釈や批判を意図するものではありません。
※本作の日本語題は『スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち』のほか、展覧会や書籍によって『オムラディーナの誓い』『スラヴの菩提樹の下でのオムラディーナの誓い』などと表記されます。
英語圏やWikipedia等では『The Oath of Omladina under the Slavic Linden Tree』や『Přísaha Omladiny pod slovanskou lípou』と表記されるのが一般的です。
こんにちは、『ひそやかな美術館』管理人です。
アルフォンス・ミュシャ作品【スラヴ叙事詩】。
今回は、『スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち』を鑑賞します。
ハプスブルク家による約300年間の支配を経て、19世紀末にチェコで大きな盛り上がりを見せた若い世代による民族運動。
その熱気と未来への誓いを幻想的な構図で描いた名作品です。
画家自身の愛娘や愛息子をモデルとして作中に描くなど、ミュシャにとって非常に思い入れが深い一方、一部の人物像が油彩で描かれていないことから未完成作とも言われています。
作品の基本情報と全体像
| 項目 | 内容 |
| 作品名 | 『スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち』 |
| 原題・英題 | Přísaha Omladiny pod slovanskou lípou / The Oath of Omladina under the Slavic Linden Tree |
| 制作年 | 1926年 |
| 描かれた時代 | 1890年代〜1890年代末 |
| 舞台 | 神聖なスラヴの菩提樹の下(象徴的な空間) |
| テーマ | 若者たちの民族愛と誓い、女神スラヴィアの庇護、世代を超える希望の継承 |
1620年の「白山の戦い」以降、ボヘミアはおよそ300年もの間、オーストリア・ハプスブルク家の強い支配下に置かれ続けました。
しかし近代に入るとヨーロッパ全体で民族運動が高まり、1890年代のチェコでは「オムラディーナ(青年の意)」と呼ばれる若者たちの民族運動団体が結成されます。
彼らは、反オーストリア・反教会を掲げ、結果的に当局に過激派と見なされることになり、そして1904年には、指導者たちが逮捕され投獄されるという悲しい出来事が起こりました。
ミュシャは過酷な弾圧に屈しない若者たちの情熱と、彼らを温かく見守るスラヴ精神の象徴を、巨大なキャンバスに描き込みました。
画面は、中央にそびえる巨木とそこに鎮座する女神、その足元で手を取り合う若者たち、さらに手前で印象的なポーズをとる人々によって、細やかに構成されています。

アルフォンス・ミュシャ『スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち』1926年 (パブリック・ドメイン)
菩提樹に腰かける女神スラヴィア
画面の中央上部には、スラヴ民族や占術の象徴とされる大樹「菩提樹」が大きく枝を広げています。
その木に腰かけているのが、スラヴの女神スラヴィアです。
眼下で誓いを立てる若者たちを、優しく包み込むような母のまなざしで見守っています。
輪になって誓い合うオムラディーナの青年たち
菩提樹の足元では、若者たちが手をつないで大きな輪をつくり、民族の団結と未来への自由を強く誓い合っています。
過酷な圧政下でも消えることのなかった若い世代の情熱と連帯感が、円陣を描く躍動感あふれる構図で表現されています。
ミュシャの愛娘と愛息子(ヤロスラヴァとイージー)
画面手前の左右には、ミュシャ自身の家族をモデルにした非常に重要な人物が配置されています。
- 手前左のハープを奏でる女性は ミュシャの娘ヤロスラヴァがモデルです。彼女がハープを奏でるこの美しいポーズ画は、1928年に開催された『スラヴ叙事詩』展覧会の公式ポスターのデザインとしても採用されました。
- 手前右に腰かける若い男性: ヤロスラヴァの対となる位置で腰かけている青年は、ミュシャの息子イージー(ジリ)がモデルになっています。
未来を担う若者たちの象徴として実の子供たちを描き込むことで、画家個人の深い愛情と民族の未来への祈りが重なり合っているようです。
作品が物語る歴史のリアリティ
本作は『スラヴ叙事詩』全20作の中でも特に異彩を放っています。
画面の各所に油彩の手が付けられておらず、下描きの線や素描の段階がそのまま残されている「未完成作」と言われているためです。
しかし、この未完の描写こそが、激動の時代の中で模索し続けた若者たちの未完のエネルギーや、未来へと現在進行形で続いていく民族の歩みをかえって生々しく伝えているとも評されています。
まとめ・・世代を超えて響き続ける「希望の誓い」
「スラヴ叙事詩」『スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち』は、長い抑圧の歴史を破り、新しい時代を切り拓こうとした若者たちの輝かしい一瞬を捉えた名作です。
女神が見守る静けさの中で鳴り響くハープの音色、そして若者たちが固く結んだ手を高く上げた様。
そこには、どのような困難があろうとも次の世代へと誇りと希望を受け継いでいくという、普遍的なメッセージが込められています。
今回もここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。